6月30日(火) 放射線終わり


 今日でやっと放射線が終わった。一区切りついた。これで明日診察を受けて,K病院も一区切り。次回はいつになるのかな。

 とにかくそのことを学校に連絡しなくちゃと思っていたら、何と校長から手紙は来るし、教頭から電話があるしで、一体どうなってるの?っていう感じ。もっとも教頭のは事務連絡で、長引くようなら講師の問題があるので、ということだった。先のことはわからないが、今のところ9月には復帰したい旨伝えた。

 本当にそうしたいと思っている。今日も技師さんに「明日から仕事ですか?」と言われて、「いいえ、夏休み前まで休みです。」と答えたらうらやましがられた。ということはつまり、他の人は、放射線が終わったら仕事に復帰しているということなのだろう。それなら、なおさらのこと二学期には体調万全で子どもたちの前に立てる可能性が強いということだろう。

 今日は最後だったので、リナックの私の着替える部屋とリナックを受ける部屋を写してきた。

 夜は則と一緒に一区切り祝い。何をごちそうになろうかな。


則裕の記録

 今日はちょっとやな仕事をした。内容は書けないが、不本意な仕事ではないが、あまり気乗りのしないことをした。それから今日は、世間で言うボーナス、私たちの世界では期末・勤勉手当というが、その支給日。もっとも銀行振込がすすんだ今日では、たいした仕事量のものではない。でも私には、ここのところ少しばかり物入りなので、例えば水光熱費の口座が0に近く、借金こそしていないものの、そうした穴埋めで終わりで、感激も少な目。まぁ、世間ではボーナスが出なかったり、減額されたりだから、贅沢は言えない。ちなみに古い話だが、私が高校を出て(大学は夜学でした)初めてもらったボーナスは、本来基準では出ないということで、1万円お情けで町工場の社長さんがくれた。

 順さんの復帰のことだが、診断書では、「10週間の加療を要す」という表現になっている。10週間に強い意味はなく、書いてもらうときにも、これ以上かかるかもと言われた。実際のところ、世間は甘くはなく、多くの方が完全ではないもののリナックが終了したら、大部分は復帰するということだろう。アメリカでは、手術翌日に出勤という話も聞いたことがある。でも、さすが医者だと思うのは、この10週間で、丁度3クール(6回目)の抗癌剤投与が終了するのだ。

 ところで、今日はニフティーのメイルが停止してしまい、MLを運営している身にとっては、一大事の夜(朝とも言う)になってしまった。