則と私と乳癌(乳ガン)と・・・ 第7部

2003年 2月28日(金) 結果
 先の人間ドッグの結果が送られてきた。異常なしとはいかないが、新しくどうと言うことはほとんどなく、まあ、前と同じ。安心していいのか、このまま放っておいていいのかはなはだ疑問の点もあるが、結局はこのまま放置と言うことになるのだろう。
 今のところ、二人とも不調を訴えていない。

 ・・・不調がひどくならないと病院へ行かないというのは、実は問題なのだ。それはたぶん人ごとではない。そして人間ドックは治療ではなく、あくまでも健康と思われるヒトのチェックのためのものなのだ。人間ドックを何処か免罪符のようにしている自分が怖い。でも指摘事項を直そうという努力をするわけではない、困りものだ。

2003年 2月23日(日) 帰宅
 日曜日というのに、検査機関は大混雑。多分半日コースの人たちで、休みの日にしか来れない人たちなのだろう。我々もそうだが、勤務が厳しくなってくると、こうしてやってくれるところがあるのはありがたい。でも、健康診断を義務つけているところは、何とかもっとよい条件にならないものか。

 結果は追って知らせが来るが、特に言われたこともないので、まあ、多分前回と同じだろう。

 ・・・いやぁ疲れた。疲れた。他人に体を触られるというのは、こんなにも疲れることなのか。病気して検査入院ともなれば、もっと疲れることだろう。

2003年 2月22日(土) 人間ドック
 ・・・だいたい一年に一回人間ドックを受信している。我が家の年中行事。人間ドックを受信していた人間とそうでない人間の間に寿命の有意差があるのだろうかとも思うのだが、そしてそれが治療行為ではないことも分かっているのだけれども、何とはなしに毎年のように受診しているのだ。

 今年もまた一泊二日で受診に来た。現在ホテルへ泊まっている。則にとっては学区内のホテルだ。仕事場の近くに泊まっているというわけ。ところでこのホテル、おそらくは東京都の例のホテル税創設に伴った観光事業振興政策の一環でホテルなどにインターネットの接続工事をする際に補助金を出すという制度が出来たが、その前からインターネットへの接続には熱心だったホテル。それだけ外国人やビジネス客が多いというわけだ。今回は従って昨年夏の初体験以来の、2度目のインターネットし放題のホテル体験だ。結構高速で、3M以上出ているので、ストレスはない。

2003年 2月20日(木) 週末は人間ドッグ
 毎年恒例の人間ドッグがこの週末にある。というので少し食生活を自重しようと思ったけれど、これがなかなか難しい。A先生には肉が下へ沈んできた、といわれたくらいひどいのだが、思いはあるが実行できない。結果は目に見えるようだ。

 ・・・今日研究会があって、昔同じ地域で仕事をしていた人に出会った。彼女は昨年乳ガンを患って、全摘したそうだ。入院して手術をする前の日かその前の日だったかに全摘か温存かを決めるように医者に言われたそうだ。その上で全摘を選択したようだ。何も言えなかった。このページがあるからとした言えなかった。

2003年 2月17日(月) 定期検診
 3ヶ月ぶりの定期検診。異常は見つからずOKの結果だった。3ヶ月後にもう一度検診して、OKだったら半年になるようだ。薬もそのときでやめようということだった。あと3ヶ月で、一応の終わりを迎えると思っていいのだろう。

 ・・・今日はO病院のA医師の定期診断の日。そしてとうとう、まだ後3ヶ月ありますが、やっとA医師から(これまでK医師にはまだ飲んでいるの?って言われていたわけですが)ノルバディックスを3ヶ月後の術後5年たった時点で終了にしようと言う話が出ました。めでたい。

2003年 2月14日(金) バレンタインディー
 バレンタインディーといっても、昔のようにチョコレートを吟味して探し回るということはない。なのに、子どもから二つももらってしまった。一応禁止になっているのに、自分だとOKしてしまう私って・・・

2003年 2月10日(月) 祭り三昧
 夕べはなまはげに会い、今日は紙風船の打ち上げを見た。いずれも東北の小正月の行事だ。今年はたまたま3連休に当たったために出かけることができた。いずれも初めて見るものだが、(その存在すら知らなかったといった方がいい)両方ともそれなりに力が入っていて面白かった。
 さてその紙風船上げ。角館からまたぎで有名な阿仁町方向へ向かったところに西木村はある。非常に大きな村域を持った村だ。ここの上桧木内という秋田内陸縦貫鉄道(旧JR阿仁合線)という角館〜鷹巣を結ぶ第三セクター路線の刑の近くの広場で、紙風船上げは行われる。
 先にも書いたように、戦後復活し今日に至るというもので、紙風船というのは早い話熱気球です。紙袋の開口部に綿に染みこませた油を付けて、それによって熱せられた空気が紙袋を空に運びます。でもその紙袋の大きさが10メートルを超えるものもあるのです。見事でしたし、上空で星のごとくになっていつまでも輝いているのもまた風情がありました。
 なおこの旅の詳細は<ここ>にあります。

2003年 2月 9日(日) なまはげ柴灯まつり
 今日は「なまはげ柴灯(せど)まつり」と明日の「紙風船あげ」を見に旅立つ。
 「なまはげ柴灯(せど)まつり」も「紙風船あげ」も歴史的な伝統行事というわけではない。あえて言えば、歴史的伝統行事風観光行事と言うところだろうか。
 「なまはげ柴灯(せど)まつり」は二つの正月行事、すなわちどんど焼きのような行事の「柴灯(せど)」と大晦日の晩に行う「なまはげ」とを合体し、それをなまはげ発症の地とされる真山神社で観光ショー化して行うもの。まぁ一粒で二度美味しいというような行事。
 なおこの旅の詳細は<ここ>にあります。

2003年 2月 8日(土) 土曜出勤
 今日は順の授業参観があって、出勤。その後餅つきがあって子どもの帰りは少し遅くなった。が、我々は終日仕事なのであまり関係はない。代わりに月曜日が休みになるので却っていい。

2003年 2月 5日(水) 雪?
 昨夜から明け方にかけて雪が降るような予報だったが、そこまではいかなかったが、寒い一日だった。暖冬という予報はどこへいったやら。寒い毎日だ。週末はどうなのだろう。

2003年 2月 2日(日) 半分よかった・・・話
 もう2月になってしまった。この前チュニジアにいたと思ったのに、早いものだ。

 週休2日もだいぶ慣れてきて、自分にあった過ごし方ができるようになってきた。とは言って、今日は捜し物で終わってしまった。

 Fという会社から乳癌体験者の体験記をオムニバス形式で綴り、それに専門家が加筆をした本が昨年出版された。私の文もその中にあるが、その内容はダイジェスト版を加筆したもの。出版されたその直後に、その本を編集されたGさんが奇しくもその編集をしたテーマである乳癌に犯されたことが分かった。そのあと一度メールを差し上げたのだけれども、ご返事をいただけなかったので、気に病んでいたが10日ほど前にメールをいただいた。ほっとした。

 で、何で半分だけよかった話かというと、実は彼女のメールの内容はFという出版元が実は倒産していたという内容だった。つまり絶版になった訳。再版を何処かにというような内容だったが、もしそれがかなえば、それはたぶん11人のオムニバスになるのだろう。

2003年 2月 1日(土) 妹の病気
 ・・・金曜日に妹の子どもと飲む約束をしていたが、金曜の朝になって母親を病院に連れて行くので中止の連絡を受ける。結果的には十二指腸潰瘍の疑いがあるということで、月末に胃カメラを飲むらしい。たいしたことにならないとよいのだが。人間ドックの案内が来る。一度に出したつもりだが、順さんのだけ。変だ。と不思議がっていたら、何のことはない落ちていたのを見つけた。
 人間ドッグには毎年行っている。乳癌は発見されなかったが、その他では結構助かることもある。が、今年から我々の職域病院には、長期休業中でないといけないというので、別の機関に申し込んだ。長期休業中は官制の研修だの何だのとうるさいくせに、変なの。