96年6月号

  「新情報時代と学校事務」(その11)


ネットワーク時代は身体を動かす時代


               学事MLメンバー(東京都中野区職員) 今 井 辰 哉




●なぜ?今私がここに・・・?


 私は東京都中野区に勤めています。現在は庁内の仕事になっていますが、最初
に勤務した職場が区立の小学校で、そのころ同じ区内の小学校にいた本川さんの
誘いがあり、この学校事務メーリングリスト(以下「学事ML」)に参加するこ
とになりました。

 私は既に学校事務という職からは離れていますが、現在この学事MLで管理者
のひとりとして、運営にほんの少しですが携わらせていただいています。それら
の経験を含めてこれからのネットワーク時代への思いを綴らせていただこうと思
います。




●現実世界と仮想空間の狭間(はざま)


 「コンピューター、ソフトなければただの箱」と言われたことがあったかと思
いますが、今、コンピューターはコンピューターネットワーク(以下「ネットワ
ーク」)に繋がれていなければ存在価値がないとまで言われるほど、ネットワー
ク接続が重要な時代になっています。現在はまだ必要に応じて接続する形態がほ
とんどですが、いずれ常時接続する形態が主流となっていくのは間違いないでし
ょう。

 一時的な接続であれ、常時接続であれ、ネットワークは私たちにさまざまな恩
恵を与えてくれるようになりました。インターネットのWWW(ワールド・ワイ
ド・ウェブ)という巨大な情報図書館は、膨大な情報を24時間いつでも提供して
くれ、パソコン通信の電子会議室やメーリングリストなどは、物理的、時間的な
距離を超えた新しいコミュニケーションを可能にしてくれます。しかし、後者は
、一般の評価の高さほど誰もが同じ利用レベルに達しているとは言い難いのが実
情です。

 パソコン通信やインターネットのメーリングリスト、ニューズグループといっ
たものは、発言している人の何倍も「読むだけ」の人がいると言われています。
自分が発言しなくても読んでいるだけで多くの有益な情報を得ることができるこ
とや、誰が読んでいるか分からないという不安、文字入力の面倒くささなどが、
読むだけの人を圧倒的に多くする土壌を作っているのだと思います。実際に通信
をやったことのある人は、これらの場で発言をすることに少なからず勇気がいる
ことを感じているはずです。

 発言を抑制してしまう要因のうち、心理的なものはなかなか解決方法を見い出
すことができませんが、今後は、最近商品化された音声入力などの思考を文字化
する新技術が現実の会話や会議に近づけてくれ、少しはこうした状況が緩和され
ることでしょう。




●雄弁と寡黙の姿


 学事MLでは2月から3月にかけてMLメンバーに対してアンケートを行いま
した。アンケートは多岐に渡りましたが、そのうち発言に関する設問で回答を得
た38人の答えは、以下のとおりでした(集計詳細は6月号で発表予定)。


■発言をしたことがある

 20回以上・・・・・・・・11(29%)

 10回以上・・・・・・・・08(21%)

  5回以上・・・・・・・・07(18%)

  1回以上・・・・・・・・08(21%)

 発言したことはない・・・04(11%)


■発言をするのは

 勇気がいる・・・・・・・05(13%)

 やや勇気がいる・・・・・17(45%)

 特別に気力を振り絞ると

     言うことはない・13(34%)

 その他・・・・・・・・・02( 5%)


■電子メイルを書くことは

 非常に億劫・・・・・・・02( 5%)

 やや億劫・・・・・・・・19(50%)

 億劫ではない・・・・・・15(39%)

 その他・・・・・・・・・01(3%)


■電子メイルを読むのは

 非常に億劫・・・・・・・00(---)

 やや億劫・・・・・・・・07(18%)

 億劫ではない・・・・・・30(79%)

 その他・・・・・・・・・03( 3%)


 ここで発言数についてメンバー全体の場合を乱暴に推定してみました。アンケ
ート回答は約 60%の38人で、この原稿の締切段階(3月10日)での学事MLの
全発言数は約2700 です。延べメンバー数64人に各回答数の割合をかけて全体の
場合の人数とし、各回答の最大値を発言回数として積算し、20回以上発言した人
の一人当りの平均発言数を出してみました。


 ※推定※      人数 発言数 1人当

20回以上・・・・・・・19  2270 119

10回以上・・・・・・・13   266 (19)

5回以上・・・・・・・12   108 ( 9)

1回以上・・・・・・・13   56 ( 4)

発言したことはない・・07   --   --


 20回以上発言するという人と、それ以外の人との間には10倍以上の差がありま
す。別の設問で「メールを書くことは億劫ではない」と答えている人は、時代を
反映して39%と結構いますが、億劫という人も50%に達しています。ネットワー
ク上の会議は顔が見えないことで、現実世界の会議より多くの人の発言が望める
という考えもありますが、実際は現実の場合と大きくは変わらないようです。




●直接民主主義が私を襲う


 私は最初に書いたとおり、管理者のひとりとしても参加していますが、その分
担としてインデックスを作成しています。いわば前週のダイジェストで、具体的
には前週の土曜日からその週の金曜日までのそれぞれの発言から主たる部分を2
行程度で抜き出し、どの発言を元にしているかを表示するものです。この経験か
ら得たことをお話してみたいと思います。

 アンケートで、MLの電子メールを読むことは億劫ではないと答えた人が38人
中30人と約8割いました。これからの情報化社会では、電子メールを読むのを億
劫がっている訳にはいられませんからこれはなかなか良い数字でしょう。私もそ
う答えた1人なのですが、確かに読むだけであれば億劫ではないと言えます。し
かし、読むだけの時には、悪い言い方をすれば“読み飛ばし”たり“読み流す”
こともできますが、発言の要約をするインデックス作業ではそのようなことがで
きません。

 主旨が掴める程度には全ての発言を読み込まなければならない、ディスプレイ
という人間の目にとっては全体把握がしにくいもので文章を読まなければならな
い、そして一定以上の量がある、などが重なってくると決して楽しいとは言えな
い状況が生まれてきます。プライベートな時間を使っているために余計に感じる
ということもあると思いますが、実際1週間で100発言を超えてくると正直なと
ころ結構大変です。

 メールを読むのが億劫でなく居られるのは、興味の世界や仕事に対する向上心
を支えるための情報を、自らが能動的に集めている時までではないかと思います
。実際の仕事ではむしろ面白くないもの、できれば届いて欲しくないものの方が
多くなるはずです。そして電子メイルはそれを拒否できないのです。

 本格的なネットワーク時代は組織を外に向かって開くことになり、担当部署の
電子メールアドレスが電話番号のようにオープンにされ、昼夜を問わず意見受付
窓口として働いてくれるようになるでしょう。23区の中でも小さい方の中野区で
さえ約30万人もの人が暮らしています。仮にその内の1%の人が1回アクセスし
てきたとしても3000メイルもの規模になります。電子会議室や大規模なメーリン
グリストに比べれば取り立てて驚くほどの規模ではないかも知れません。しかし
、行政の性格からして届いたメールは“文書”として扱うことになるでしょうか
ら、電話対応の頃とは比較にならない負担がかかってくると想像します。

 こうした想像と比較すると、私が担っているインデックスは、扱い方や規模も
“非常に楽な”部類と考えなければならないでしょう。にもかかわらず「気の重
たさ」を感じているのです。これは将来のネットワーク時代の事務作業による心
理的負担に類似するものとして貴重な経験であったと思います。




●郵便配達夫は手紙を置いて帰るのみ


 ネットワークの導入は事務作業の効率を飛躍的に向上させる可能性を持ってい
ると思います。行政でも電子メールシステムを中心に導入や導入の検討が進んで
います。電子メールによって連絡文書や通達を送り、文書送付やそこから発生す
る意思決定を迅速にする効果を狙うというものです。ネットワークシステムの導
入には多額の費用を要しますが、電子メールシステムは、他の事務処理専用シス
テムに比べれば導入費用も低くて済みます。

 しかし、私は電子メールは基本的に文書を送受信するものでしかないと思って
います。文書が迅速に届く、受信メールを残しておけば後からでも内容確認が可
能であることは良いことだとは思うのですが、それ以上に機能してはくれないの
です。例えば調査関係の通知が各種書式とともに電子メールで届いても、その後
の処理体制が、紙媒体で届けられた場合と同じでは、その効果は低いものになっ
てしまいます。

 調査関係などは電子メールによって通知、報告の送付を行うことより、ネット
ワーク内の専用ホームページで、選択方式で実施する方が、処理時間や紙を大幅
に削減できるのではないかと思います。また、平行して、締切のあるものは、届
いた時、締切の3日前などに通知してくれるようなシステムがあれば、定型処理
はさらに効率的に済ませることができるでしょう。そのためにネットワーク対応
のスケジューラーソフトが同時に整備されるのが望ましいと思います。個人の秘
書として働いてくれたコンピューターは、ネットワーク時代には全体の秘書とし
ても働いてもらうのです。

 電子メールシステムは、ネットワークシステムの中心に据えられるのではなく
、自動処理を支えるものとして整備されるのが良いでしょう。また、締切管理な
どの人間を支援する機能が付加され、それらとの融合があって初めて機械と人間
が協働することができ、全体的な効果を最大限にすることができると思うのです。




●ネットワーク時代はお披露目が大切


 ここまでは私たちが使う側の立場でネットワークを考えてきましたが、どうし
ても内面的な便利さだけの議論になってしまいます。しかし、ネットワーク時代
にはもう一つの重要なキーワードである“情報公開”について対応していかなけ
ればなりません。

 インターネットに限ったことではありませんが、情報は他に類似するものがな
い場合に、その価値が最大になります。行政は他では持ちえない、そして多くの
人にとって重要な公共情報を持っています。議事録といった類のものは、まさに
行政しか持ちえない価値ある重要な情報だと思います。実際、国の各種審議会等
の議事録がニフティサーブというパソコン通信会社を通じて提供されている現実
があるのです。本当に知りたい行政情報というのは、判断の過程を知ることので
きるものだと思います。電子ネットワークを考えていく時には、事務の効率化、
省力化について検討されるのとともに、情報開示とその方法について充分論じら
れなければならないだろうと思います。




●端末に席を盗られる?


 ネットワークの導入は、資料探しの手間を省き、書類の収受、作成、送付など
の一連の作業をスムーズに連結して、仕事の効率を上げてくれるのと同時に、各
種の専用システムと共同で省力化を実現してくれると思います。しかし、現在、
導入検討の主流で注目を浴びている電子メールシステムは、残念ながら事務処理
を自動化してくれることはありません。しかし、自動化は作業時間の短縮や負担
の軽減を実現してくれます(そうでないものも多いようですが)。民間であれば
それで経費削減や事業拡大を実現するでしょう。では、行政の場合、経費削減と
事業拡大をどう実現していくのでしょう。

 私はパソコン通信を始めて電子メールを使うようになってからは、ネットワー
ク化は望ましいことであって、仕事でもこの便利な道具が使えたら良いと思って
いました。しかし、最近になって疑問を持つようになったのです。事務処理の自
動化(少し前までは当り前のようなものだったはずなのに、OA化とかオンライ
ン化とか言うと死語のように聞こえてしまいますね)との関係です。

 私たちが仕事で使う多くの資料が電子化されてネットワーク上に載り、瞬時に
導き出せる環境が提供されることは素晴しいことだと思います。しかし、一方で
手間ばかりかかる繰り返し作業がそのまま残っていては本末転倒ではないかと思
うのです。

 ネットワーク化や自動化で一番省力化できるのが「事務作業」であることは疑
いのないことだと思います。そしてその効果として経費削減と事業拡大を実現し
なくてはいけません。私たちの思考を助けてくれるだけでは新たな経費増を生み
出すだけだからです。

 そんなことからネットワーク化も大切ですが、具体的な省力化が実現しやすい
各種事務処理の自動化の方が、実は優先されるべきではないかと考え始めたので
す。もっとも自動化システムも将来に向かってはネットワーク上で動く方が効率
的ですから、その基盤として用意されることは望ましいことです。

 今、税金の使い道に非常に厳しい目が向けられています。新しく資金投入され
るものはその効果が具体的に見えて来なければ受け入れられなくなるでしょう。
しかし、効果のひとつとして現われる経費削減にばかり注目して、人員削減をし
ていたのでは行政施策が先細りになってしまいます。自動化による効果は事業拡
大の形で活かす手法が必要ではないかと考えます。

 幸か不幸か私はまだ20年以上の勤務年数が残っています。その間にコンピュー
ター技術は更に進み、単純処理はより迅速により正確に処理できるようになり、
ネットワーク技術の向上は、非定型処理にも効率的な処理方法を提供してくれ、
これまでの仕事の多くが機械処理にとって変わられる可能性が高いと想像します


 となると事務職は余ってしまうのではないか、自分は今のまま仕事を続けられ
るのだろうかという考えに至ったのです。コンピューターネットワークは、私た
ちの仕事に効率と省力をもたらすだけにとどまらず、仕事を奪ってしまうかも知
れません。しかし、そうなった時、我々事務系人間のやる仕事はなくなってしま
うのでしょうか。




●より人間らしく・・・


 高齢社会になり、数々の問題が発生して来ています。介護や日常的な世話を必
要とする人のために専用の施設の要望などが出されますが、施設建設は巨額の費
用を必要とする上、建設後も多額の維持経費を要するため、増える一方の需要に
はとても追い付きません。こんな時一番柔軟に対応できるのは建物や機械ではな
く、やはり人間なのではないかと思うのです。

 今、福祉関係では在宅でのケアを求める声も多くなっていますが、人手不足も
あり実現することができずにいます。福祉分野に限らず人手を要するものはたく
さんあるはずです。コンピューターネットワークによる効率化と省力化の成果と
して人手を浮かすことができるなら、それは削減へ向かうのではなく、事業拡大
のために必要なところへ振り分け直すというのは間違った考え方ではないと思い
ます。もちろん資格を始め解決しなければならない多くの課題が予想されますの
で、一朝一夕という訳には決していきません。

 いつか事務仕事の多くは、コンピューターがやってくれる時が来るでしょう。
そしてそれは 100年も先のことではないはずです。省力化で浮いた時間は、判断
や思考へ割り振ることもできますが、直接人間が身体を使う作業に割り振ること
もできるのです。

 阪神・淡路大震災で、電子ネットワークは一躍脚光を浴びました。そのやり取
りは人の心を救い、直接現場へ手を差し出す情報源になりました。しかし、電子
メールはどんなに頑張っても瓦礫を退けることはできませんでした。

 人間は機械を使って労働を省力化してきました。そして直接身体を使う労働か
ら解放された人間は、機械を管理する仕事=デスクワークに仕事場を移していき
ました。しかし、電子ネットワークによって一層効率的に、迅速に事務処理がで
きる時代は、デスクワーク型に変わってきた“仕事”が、もう一度、体を動かし
、手を差し伸べ、直接人と顔を合わせる、最初の労働へ戻る時代なのではないか
と、そんなふうに感じます。


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