5月23日(土) 入院第11日目。また土曜日がやってきた。

 抗ガン剤をやった割には今朝は普通の目覚めだった。則も私もこれが恐怖だったのだが。胃の辺りに多少のむかつきを感じるが、これは毎朝のこと程度なので、特に今日ということのひどさは今のところ無い。

 むかつきや吐き気を少しでも抑えられればと自分なりに工夫してやっていること。

(1)前日に薬を飲んででも便を全部出しきること。(私は21日の夜飲んで22日に出しきった。)

(2)食事はどろどろになるまで口の中でよくかむこと。(いつもの倍の時間がかかる。)

(3)食事の後は少しでも消化を早めるために横にならず、軽い散歩をすること。(室内か院内程度)

(4)水を大量に飲んで胃を刺激し、循環をよくすること。(1日IL程度は飲んでいる。)

等々、何れも素人考えなので、効果があるかどうかは分からない。

 それにしても、夕べはよくトイレに行った。特に水・水と意識して大量に飲んでいたせいだろう。おかげでまた熟睡は出来なかった。ま、いいや。寝る時間は今日もたっぷりあるのだから。則もかなり疲れているようなので、2人でゆっくりと寝る1日にしよう。下痢は1回だけで治った。 さて、問題の朝食。殆ど全部食べた。殆どというのは、朝なのにご飯だったから、その半分くらい残してしまった。しかし、しっかりと則の買ってきた弁当から肉とシューマイと梅干しはもらって食べた。満腹になりすぎて・・・困った。

 9時20分、突然A医師現る。検査の結果、周りにまでガン細胞が出ていなかったので、いいということ。小さいのは新しいのではなくて瘤のように突出した一部であったことなどを説明してくれた。うまくいったとのことでホッとした。ただ次の診療の計画としては、まだ細部がよく分かっていない部分もあるのでそれがはっきりしてから決めるとのこと。それはそのままK病院の方へ引き継ぐから、早速水曜日9時に行ってくれと言うことで、急遽明日退院ということになった。則とうつらうつら状態のところでの突然の出来事だったので、なんか夢見心地状態。[病院の領収書]

夢が覚めないうちにと、退院の手続きを聞きに行った。請求書をすぐに出しますと言うことでしばらく待機。11時45分に約48万円なりの金額が出てきたので早速に則がお金をおろしに行った。現金でなければダメ、というのは何とも不便。大金を持ち歩く危険を考えれば、そろそろカードが主流になってもいいのにな。それにしても12日間で48万円。海外旅行1回分だな。変なところに旅に来たものだ。

 則が戻って、一緒に会計をしに行った。475,840円也。内訳は、差額室代が264,000円、食費が、9,120円、他が手術や検査、薬の代金となる。無事全額支払い終わって、いよいよ明日出られる。何とも嬉しいことだ。

 ところで今、お腹がグーッとなった。つまり空腹感を覚えているということだ。これって、全くの予想外。多分ウンウンうなるばかりで食べることなど出来ないのではないかと思っていたのだ。それで、則が昨日、それでも食べられそうな物をいくつか買ってきてくれていたのに。しかも明日退院となれば沢山残る可能性がある。仕方ないので、今日出来るだけ食べることにした。昼食がうどんなので丁度いい。

 昼食後、午後の回診の間までに急いで外出する。則の昼食と夕食のためだが、私の帽子も買って来た。強い日差しはあまりよくないとのことでその防止策だ。今年の夏はあまり日焼けをしないように気をつけねば。 帰ってきてから私はシャワーを浴び、則は風呂に入り、それから帰るための準備に取りかかった。来るときは何日かかけてゆっくり用意したので、一時にしようとすると結構大変だった。と言っても私は横で寝ていて全て則がやってくれたのだが。大きな荷物は今日則に持って帰ってもらうので、ベッドの周りはすっきりした。本当に明日帰れるのかと思うとうきうきする。今夜は寝れなくてもいいやという感じ。

 夕食はさすがに今までとちょっと違って箸が進まなかった。もっとも、この間アイスコーヒーを飲み、フルーツ盛り合わせを食べと結構お腹に入れているからな。ただ、あんまり胸の辺りがすっきりしないことは確か。いよいよくるのかな?それとも単なる食べ過ぎかな?後のお楽しみと言うところか。

 さあ、最後の夜。ぐっすりと眠るとしよう。気分は爽快。


則裕の記録

 今日は4時半に起きた。昨日は疲れていて12時に寝てしまったので、急いでパソコンの電源を入れる。こういうときに限ってと言うのは申し訳ない言い方なのだけれども、実はあるMLを運営しているので新規加入者やアドレス変更の連絡が入っている。急いで対応しているHPも変更して・・・などとやっていたら5時を回る。順さんのパジャマを乾燥させていないのに気づいて急いでアイロンをかけるが、途中で5時15分になったので、少し湿っぽいままビニル袋に入れて病院に向かう。この時間に出かけるのは、途中から特急車両の電車(普通)に乗れるので、体が楽だから。7時にO駅に降り立つ。

 いよいよ始まっているのかと思って病室のドアを開けたが、順さんは元気だった。今日は朝食がかなり早く来たので、8時には終わった。終わった後、順さんは一人で院内散歩に行く。私は疲れているので、ソファーで寝ていた。順さんが帰ってきても、そのままずっと寝続けていたが、突然の来訪者に起こされる。主治医のA医師だった。概略順さんの書いているとおりだが、少し細くすると、だいたい大きさは4.5センチくらいだったということ。そして、切除した患部の周りにはガン細胞はないので、再手術の必要はないことなど。最初月曜日退院ということだったが、私がいたせいかどうか分からないが、日曜日午前中は自分が来れないからダメだけれども、午後もう一度もてからだったら、明日でもよいという話。私が休まなくていいということの方が有り難いでの、出来ればそうしてもらいたいと言うことで、急遽日曜日退院となる。隣のOさんは、これも突然多分言われたのだろう、こちらは今日退院だと言うことであたふたしている。でも、その声は明るく華やいでいる。一方順さんは、のんびり新聞を読んでいて、表面的にはどうという感じはないが、それでもA医師が出ていったら比較 的すぐにナースセンターに退院手続きを聞きに行っていた。

 退院ともなれば、精算が必要で、予め土日でも無料でおろせる郵便局に貯金を移しておいたので、O郵便局に引き出しに行く。精算に時間がかかるかと思っていたら、案外と時間はかからず、すぐに済んだ。その後順さんは饂飩だか蕎麦だかの昼食。その後買い物に行く。買い物の最後に私の昼食。順さんはアイスコーヒーを飲む。病院へ戻った後疲れて寝てしまう。2時過ぎに看護婦が来て目を覚ますが、また寝る。[元気に買い物に行く順さん]

 3時半頃、順さんがシャワーを浴びる。私はすぐには起きられず、もそもそしていた。その後、順さんにおやつを出してから、目を覚ます必要もあり今度は私が風呂に入る。ユニットバスにしては幅も広く快適だ。風呂から出て少し休んでから、鞄に荷物を積める。順さんの文庫本が減った分、スペースが出来た。これを今日持ち帰る。そうしないと、明日順さんを連れて帰るのが何かと面倒だから。

 6時少し前に食事が来た。順さんは、ちょっと食欲がないように感じられたが、そう心配することもないと思うが、早めに吐き気止めの薬を飲んでもらった。

 さて、思いもかけず、明日退院の決まった日であった。白血球検査が明日有るのだろうけれども、たぶんそれも大丈夫だと信じたい。そうなると家の片づけもしておかないとならないので、今日は少し早めの7時30分に病院を出た。ただ土曜ダイヤで接続等がうまくいかなかったので、帰ってきたのは9時を過ぎていた。

 帰宅してまもなく、藤原さんから電話があった。本当はこちらからかけるべきなので、明日退院したらかけるとお話をした。それから、放射線治療の細かいこと、例えばK病院のK医師の放射線治療の時間帯は午後を選択した方が空いているとか、治療は休むとまずいので風邪などに注意することなどの話を伺った。ありがたいことだ。